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レポート

【EUに関する新刊】伊藤武『イタリア現代史 第二次世界大戦からベルルスコーニ後まで』(中公新書、2016年1月25日刊行)

Ito-Takeshi2016伊藤武『イタリア現代史 第二次世界大戦からベルルスコーニ後まで』(中公新書、2016年1月25日刊行)
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2016/01/102356.html

本書の著者である伊藤武先生より、本書のご紹介を頂きました。

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今EUを揺り動かしている最大の危機は、移民問題と経済問題でしょう。地中海の移民・難民ルートの玄関口に位置し、国債デフォルト危機に直面した南欧諸国中で最大の経済規模を持つイタリアは、いずれの危機においても、影の主役の座を占めてきました。
他方でイタリアは、1980年代に(一時的とはいえ)イギリスのGDPを追い抜き, 1990年代には抜本的政治改革を果たして、平和裡に第二共和制への移行に成功します。また欧州委員長のプローディ氏、ECB総裁のドラーギ氏など、欧州の指導的人材も輩出しています。あたかもヤヌスの鏡のような二面性はどこから生まれてくるのか、長年イタリアを理解しようとすると直面する難問です。

本書『イタリア現代史―第二次世界大戦からベルルスコーニ後まで』(中公新書、2016年)は、第2次世界大戦後のイタリアを対象とした通史ですが、そのような難問に少しでも近づこうとした本です。
はしがきは、共和国のエンブレムの話から始まります。そこに込められた様々な期待はどれ程実現したのかという観点を背後に、第2次世界大戦後に成立した第1共和制、1990年代に成立した第2共和制の2つの共和制の歴史を描きました。
本書の重点は内政に置かれていますが、イタリアの現代史はヨーロッパ統合や国際政治と不可分の問係を持ちながら展開してきました。その点に注目して、内容を紹介させていただきます。

序章では、日本と同じ1860年代の近代的統一国家の成立から1943 年のファシズム体制崩壊までの前史です。ここでは、早くも大国と小国の中間、いわゆる中堅国(media potenza)というイタリアの特徴が浮上します。第1章のレジスタンスから共和制の体制選択に至る1940年代中盤では、アメリカ主導の西側同盟に組み込まれていく過程が描かれます。第2章の戦後再建期では、「統合の父」の1人であるデ・ガスペリ首相の中道連合下で1940年代末から50年代初めにかけてECSCの原加盟国として欧州政治の舞台に復帰します。第3章の 中道左派政権への道では、EECやEURATOMへの参加、ジュネーヴ会談の緊張緩和、高度経済成長など新しい国際政治経済環境の中で政権枠組再編が生じる過程を扱います。
第4章では1960年代末から70年代にかけて経済危機やテロなど社会的危機に対応する中で、大連合政権が欧州通貨制度の出発点に、周辺国から特別の配慮を受けて立った姿を描きました。第5章の1980年代では、単一市場の導入とEU創設・経済統合に向けてEC加盟国が動き出す中、イタリアは政党支配体制の利益誘導政治が全盛期を迎え、例外的に財政赤字を膨脹させてしまう問題を採り上げました。その結果、1990年代初頭の第6章に描いたように、冷戦終結とEU創設の高揚の中で、通貨危機や、政治腐敗の危機に見舞われ、第1共和制は崩壊します。

あらたに成立した第2共和制(第7章)では、ユーロ第一陣への参加に必要な国内改革をいかに果たすかで、ベルルスコーニ率いる中道右派とプローディなどが率いる中道左派が対決します。今世紀初頭、政権に復帰したベルルスコーニ時代(第8章)は、彼を軸とした統合懐疑的な中道右派陣営の姿勢が、EUにも影響を与えました。
結局2010年代以降(第9章)、ユーロ危機を受けて国債デフォルトの危機に陥る中で、テクノクラート(非政党専門家)政権による急進的改革が試みられましたが、左と右の双方から批判を浴び、ポピュリスト的勢力の台頭を生みました。今、イタリアは停滞する政治や社会の問題を抱えながら、移民難民問題や憲法改正など重要な課題の岐路に立っているのです(第10章)。

イタリアの現代史は、国際政治、とりわけヨーロッパの国際政治と不可分の関係を持ちながら展開してきました。現在のEUとの関係では、財政問題や経済改革、銀行救済問題などに関してEU委員会側から厳しい監督や強い非難が寄せられているのに対して、イタリア国内で反発が強まってきたのが懸念されます。ユーロ危機以降、社会保障や財政政策に課されてきた厳しい制約は、イタリア国内で従来と比べても強い統合懐疑主義を生み出してきました。
本書で区切りとした2013年2月総選挙以降は、左派よりの五つ星運動だけでなく、急進右派の北部同盟の支持が急速に伸びて、右派第一党を伺う勢いです。両党の指導者のB・グリッロとM・サルヴィーニは、台風の目ともいえる指導者でしょう。左右の急進派が台頭する背景には、移民問題・難民問題で、対応のまずさを批判されたイタリアにおいて、特にアラブの春以降、地理的位置のために押し寄せる移民・難民の玄関口にならざるをえない事情へのEU側の理解不足や、EU共同の対応枠組が十分機能していないことへの非難があります。伝統的に親EU感情が強いはずのイタリア世論を蝕んでいるのです。

経済問題・難民問題をめぐってイタリアとEUの関係に生じた「さざ波」は、直接的には、このような近年の国際的環境変化に起因するものです。しかし、これらの摩擦は、本書で描いたように、もともとは、「中堅国」という厄介な国際的地位、左右の亀裂の深さ、政治や社会のガヴァナンスの質に対する批判など、近代的統一国家成立時からイタリア自身を悩まし、イタリアについて考える者も悩ましてきた問題に根があります。

同時に、困難な状況の中で、ユーロ第一陣への参加や年金改革など、到底不可能だと言われてきた改革を成し遂げてきたイタリアの姿は、良い意味で期待を裏切るものであったことにも注目すべきでしょう。移民・財政問題に限らずイタリアが賀帰る数々の問題は、他のヨーロッパ諸国、そして日本など先進国にも、多かれ少なかれ共通しています。

イタリアの現代史は、イタリアそのものについて考えたい人だけでなく、広くヨーロッパ統合など現代の政治や歴史について考えたい人にとっても、沃野を提供してくれています。本書がその道案内になればと願っています。

伊藤武 (専修大学法学部教授)