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巻頭エッセイ

Commentary Vol. 088 (2017年1月17日)「EUによるシップリサイクル規制の域外適用問題」 佐藤量介 (EUSI研究員)

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EUにおける環境問題への取組みが、その域内のみならず、域外でも積極的に推進されてきていることには論を俟たないであろう。そのことは、特に、気候変動・温暖化といったグローバルな影響を有する環境問題分野であって、EU市民にとっても関心の高い分野において顕著であるといえる。ここ数年を見ても、EUは、発展途上国における気候変動プロジェクトに加盟国と共に145億ユーロを拠出し、また、パリ協定の合意に向けた多国間交渉において主導的役割を果たしてきた。それは、一地域の組織・統合体でありながら、グローバルな問題にも積極的にコミットする姿勢の表れといえよう。

ただ、EUには、域内の規制でありながら、グローバルな活動にも大きな影響を与える環境規制を“少々世の中を騒がす形で”導入してきたという面もある。記憶に新しいのが、2005年に導入され、2013年1月に第3フェーズが開始されたEU排出権取引制度(EU-ETS)において、航空部門も適用対象となった問題である。本規制では、EU域内の空港を離発着する全ての航空機が対象となり、EU域外での運航に係る排出にもEUの域内規制が課せられることとなったため、世界の航空産業やその本社所在国から激しい反発が巻き起こった。これと同じようなケースが、今回紹介するEUによるシップリサイクル規制である。

■EUによるシップリサイクル規制の問題状況

シップリサイクル、すなわち運航を終えた船舶の解撤(解体)と部品の再利用は、近年、特に環境問題として関心が高まってきた問題である。船舶の解撤については、世界のシップリサイクルの大部分がバングラデッシュ、インド、パキスタンといった南アジア諸国の沿岸で実施されており、以前より、解撤の過程で流出する有害物質による環境汚染や、現場作業員が劣悪かつ危険な労働環境にさらされている問題が指摘されてきた。これら問題に対する国際的な取組みとしては、ILO、IMO、有害廃棄物の越境移動規制に関するバーゼル条約の締約国会議・OECDなどがあり、様々な議論が交わされてきた。そうした取組みにおいて、2009年、船舶に搭載される有害物質の管理方法や解撤施設の設備・作業基準などを規定したシップリサイクル条約(香港条約)がIMOで採択されたが、未だ条約の発効には至っていない。他方、EUも、EU加盟国に船舶を登録している船主やEUに実質的な経営の本拠を置く船主もこうした解撤施設を利用していたことから、2006年頃より“安全なシップリサイクル”に関するEU戦略の策定にあたってきた。そして、香港条約の発効を待つことなくEU独自の取組みを行うべきとの方針から、2012年3月、EU籍船を対象に欧州委員会が承認した解撤施設(EU域外施設も含む。)での解撤を義務づける案が欧州理事会に提出され、2013年11月、香港条約よりも厳しい有害物質基準と施設基準を要求するEUシップリサイクル規則(Regulation (EU) No. 1257/2013)が採択されたのである。

ただ、本規則については、船主が保有船舶を非EU籍に転籍すれば義務を免れることが可能となるという点で、当該規則の実効性にはそもそも限界があった。この点については、船舶の登録制度と海運企業の経営実態からすれば、当然予想されることでもある。

そもそも、グローバルかつ自由な市場競争にさらされる海運企業の多くは、その所有船舶をパナマ、リベリア、マーシャル諸島といったいわゆる“便宜置籍(Flag of Convenience)”国に登録してきた。それは、自国に登録する場合に比べ、税制優遇や緩やかな規制、そして相対的に安い人件費の船員を配乗できるというメリットを享受できるからである。第二次大戦後に進展した便宜置籍化については、自国船員から途上国の低廉な船員への安易な切替えだとの批判や、国際規制基準を満たさない船舶(サブスタンダード船)による事故発生への懸念などから、便宜置籍化を規制すべきとする考えと、市場経済原理と企業実態の観点から便宜置籍船の存在自体は許容すべきとする考えとが対立してきた。サブスタンダード船の排除を目的として、船舶の登録国(旗国)と登録船舶との関係性に実質性を要求する国際的な取組みも試みられていたが、国連海洋法条約も国連船舶登録要件条約(未発効)も便宜置籍船を禁ずることはせず、結果、旗国と登録船舶との緩い規制関係が許容されるに至っている。現在、日本の船会社が実質的に運航している船舶(日本商船隊)に占める外国籍船の割合は約9割に上り、EUについても、EUの船主が実質的に支配している船舶の内、非EU籍船は5割強に上っている。

したがって、EUシップリサイクル規則によるEU籍船への義務づけの実効性は、当初より限定的なものであり、厳しい域内規制をかけた場合、他国への転籍によってかえってEU籍船が減少に向かうということもあり得る。EUが、(現実には極めて困難だが)加盟国に対して自国船主による保有船舶の非EU国への転籍を禁止させるか、または転籍を無力化するような“EU域内規制の域外適用”を試みない限り、当該規制の有効性は非常に限定されるのである。この点、EUシップリサイクル規則は、欧州委員会に対して、EUに寄港する全ての船に適用可能であり、転籍のインセンティヴを生まないような資金メカニズムが導入可能かどうかを検討し、2016年末までに欧州議会及び欧州理事会に報告するよう求めている(同規則第29条)。すなわち、EU規則の“域外適用化”によって、その規則目的を達成することが志向されていたといえるのである。

同条を受けて欧州委員会は、コンサルタント会社に同メカニズム導入の可能性の検討を依頼、その最終報告書(“Financial instrument to facilitate safe and sound ship recycling: Final Report”)は既に公表されている。この中で提案されている資金メカニズムとは、(1)すべてのEU寄港船に事前のライセンス取得と拠出金の支払いを義務づける、(2)ライセンス取得に係る拠出金は、EU承認施設と非承認施設との解撤売船価格の差額に相当する金額に基づき設定される、(3)実際にEU承認施設で解撤がなされた場合に拠出金が払い戻され、そうでなければ拠出金は没収される、というものである。この提案内容に即した規則改正については、国際海運会議所(ICS)やアジア船主協会のみならず、欧州船主協会も懸念や反対の意思を表明しているが、経済・ビジネス面での懸念のみならず、(最終報告書もその懸念払拭に努めているように)そもそも、EU(加盟国)にこうした規制を行う国際法上の正当化根拠があるのかどうかも問題になっているといえる。

■国際法上の諸論点

国際社会において主権国家は、その領域主権に基づき、自国領域内で適用される国内法を定立し、自国領域内でその法を執行することを基本とする(属地主義)。国内法の適用範囲が域内に留まる場合には問題はないが、国家間関係においてはこれが他国の領域内に及ぶ場合がある。これを国内法の“域外適用”という。域外適用を正当化する基準として、属人主義(国籍を基準として、その本国が管轄権を行使するもの)、効果理論(外国領域内で行われた外国人又は外国企業の行為であっても、その効果が国内に及ぶ場合には国内法を適用するもの)、保護主義(国家の安全等の重大な国家利益を侵害する犯罪については、その行為地や実行者の国籍等を問わず行使するもの)、普遍主義(国際社会の共通利益を侵害する犯罪であれば、犯罪の行為地や実行者の国籍等を問わず、すべての国により行使するもの)があるが、どの主義に拠ったとしても、域外適用は他国の属地主義(領域主権)と抵触・競合し得ることから、必ずしも他国に有効に対抗できるものではない。基本的には、属地主義が他の主義に優位すると考えられているが、これらの管轄権調整基準は一般的な基準であって、個別に合意を結び、個々に調整を図ることは排除されていない。したがって、各国は条約を制定することで、その管轄権の抵触・競合問題を事前に解決しようと試みてきたともいえる。

船舶に関していえば、船舶の国籍国である旗国、船舶が航行する沿岸国、そして荷物の積卸し等で寄港する寄港国など、複数の国家の国内法・管轄権が抵触・競合し得るが、この問題については、主として国連海洋法条約が規律・調整を試みている。たとえば、国連海洋法条約は、領海を航行する船舶に無害通航権(17条)を与える一方、寄港国に入港船舶に対する広範な規制権限を与えている(25条2項、211条3項)。“寄港国”としてのEU加盟国の権限に着目した場合、資金メカニズムのような入港条件を課すことも可能とも思われるが、ただ、それがEU域外における非EU船主の解撤行為の規制ということになると話は別であろう。国連海洋法条約は、船舶の航行及び入港に絡む秩序維持の観点から寄港国の規制権限を認め、またその管轄水域における汚染損害を防止するための規制権限を認めているのであって、自国法益の保護と関係のない域外規制権限までも認めているとは考えにくいからである。そもそも、船舶の解撤に関する規定は国連海洋法条約には存在しない。香港条約が採択されたのも、解撤が引き起こす環境汚染と人的被害に対する責任の所在や規制権限の範囲を明確にしつつ、実効的な規制枠組みを創設するためである。香港条約が未発効である以上、国連海洋法条約を根拠にEUによるこうした域外規制を正当化することには限界があろう。

仮に国連海洋法条約の寄港国権限として当該域外規制が正当化できたとしても、今度はGATT/WTO法との抵触可能性が問題となる。GATTの5条は、船舶の通過運送を含む「通過の自由」(ただし、航空機の通過航行は除外)を保障しており、締約国は、他の締約国の領域との間で行われる通過運送について、輸送料金又は通過に伴う行政的経費若しくは提供された役務の費用に相応する課徴金を除き、関税、通過税その他通過に関して課せられる課徴金を免除しなければならず、資金メカニズムは同条に違反する可能性がある。勿論、GATTが定めた例外事項(20条、21条)に該当する措置については、その違法性が阻却され得る。たとえば、20条(g)は「有限天然資源の保存に関する措置」を例外として挙げているが、同項は続けて、「ただし、この措置が国内の生産又は消費に対する制限と関連して実施される場合に限る。」との条件を付している。「米国-マグロ・イルカ」事件や「米国-小エビ」事件などの先例からすると、EUには、資金メカニズムによって取られる措置が、特定の有限天然資源の保護のためのものであること、及び当該措置により保護される国内利益との関連性を証明する必要があると考えられるが、最終報告書はその点を十分に証明しているとは言い難い。

では、EUによる資金メカニズムを通じた域外規制を、条約ではなく、領域主権(属地主義)に基づく慣習国際法上の寄港国権限の行使として、またはその他管轄権の行使基準により正当化できるだろうか。たとえば、国連海洋法条約を批准していない米国が、油濁汚染防止のために独自の入港規制法令(1990年の米国油濁法)を導入しているが、それはあくまで自国の沿岸において油濁事故が発生した場合の甚大な損害を回避するという、沿岸国としての明白な法益を保護するためである。そのため、慣習国際法で認められてきた領域主権の行使として、諸国にも概ね受け入れられている。他方、EU域外における非EU籍船の解撤行為は、EU領域内の保護法益と関連性を有しているとは言えない。当該域外行為の規制を目的とした資金メカニズムの導入は、属地主義はもとより、保護主義としても効果理論としても正当化し難い。非EU籍船という点では属人主義も適用できず、また、環境保護や労働者の健康保護がグローバルな関心事項とはいえ、これを理由に普遍主義による正当化を試みることにも無理があろう。やはり管轄権根拠を欠くEUの当該域外規制については、国際法上これを正当化することは難しいものと思われる。

■おわりに

仮にEUの資金メカニズム案に基づく規則改正が実施された場合、香港条約よりも厳しい有害物質基準と施設基準がEU規制を通じて域外適用されることになり、香港条約の存在意義を失わせかねない。EU船主による保有船舶の転籍を規制するというのは非現実的かもしれないが、ただ、それが不可能だからといって、他国の主権を侵害し得るような、または正当化根拠のない管轄権行使が法的に認められるとは限らない。当該メカニズムによる規制が国連海洋法条約違反であるとして、これに反対する国々によって国連海洋法条約第15部の義務的紛争解決手続に持ち込まれる可能性や、GATT/WTOルール違反としてWTOの紛争処理手続に持ち込まれる可能性は否定できないだろう。ただ、冒頭で触れたEU-ETS制度については、その後、国際民間航空機関(ICAO)に議論の場が移され、結果、世界的な温室効果ガス排出削減制度を導入することで決着を見た。EU側から見れば、「無理が通った」ともいえる成果である。その意味で、EUが、最終報告書に沿った形で規則改正を実施し、資金メカニズムを導入に踏み切った場合、EU-ETS事例のように、舞台をIMOに移して、EUの考え方を取り入れる形で香港条約の改正が議論されることもないとはいえない。いずれにせよ、今後の動向からは目が離せない。

期せずして、国際航空と国際海運という、共にグローバルな性質を有する業種の環境関連規制において、EUの採用した“域外適用”的手法が国際的に波紋を広げた。両分野とも、ICAOとIMOという国際組織が存在し、その場を通じて多くの国際条約が誕生してきた。国際環境の分野においても、先に発効したパリ協定の交渉過程を見ても分かるように、先進国と途上国という利害の異なる国々が、交渉・協議により、なんとか一致点を見出す努力をしてきている。シップリサイクル問題についても、こうした粘り強い国際交渉こそが、共通目的を実効的に達成する上での、迂遠だが着実な手法ではないだろうか。