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巻頭エッセイ

Commentary Vol. 090 (2017年2月15日)「地域統合は生き延びるか?―パワーシフト、福祉国家ナショナリズム、地域からの連邦制―」 羽場久美子 (青山学院大学国際政治経済学部教授、ジャン・モネ・チェア)

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イギリスがEUから国民投票で離脱を決定し、さらにメイ首相は1月17日、欧州単一市場と関税同盟からの離脱という「Hard BREXIT」を議会に諮ることとなった。アメリカではトランプ大統領がTPPからの離脱を表明、シリア等7か国の市民に大統領令として「移民入国禁止令」を出し、空港で何万人もの人々が入国を止められた。これに連邦地域裁判所16州とワシントン地裁が差し止め命令を行い大統領令に対し違憲の疑いを表明、空港で差し止められていた全米6万人の人々は入国を再開した。それに司法省が介入したが連邦控訴裁はトランプの控訴を却下、現在、大統領と司法の対抗関係が続いている(1)

この間アメリカの国際関係学会ISA、アメリカ政治学会APSAの理事会や各種委員会、各大学でも野火のように、大統領令の人権侵害、宗教の自由・民族の自由・学問の自由への侵害と違憲の疑い、それへの対抗を次々に声明で出し始めている(2)。民主主義と法の支配からの対抗が始まっている。

他方欧州ではこの間、ロシアと欧州右翼政党との接近、特にロシアから欧州右翼への資金供与が報じられておりECFRをはじめ様々のメディアがそれを指摘している(3)。筆者もエコノミスト2017年予測でロシアと欧州右派との関係について言及した(4)

2017年、EU各国の総選挙、大統領選挙の年に、各国右派の成長、自国中心主義が広がる中、EUSIが3月末で終了するのは極めて残念なことである。
2016年6月にEUSA AP2016香港大会での理事会に参加した際、EUSA AP各国の理事から、EUSI、EUIが閉鎖ないし大幅縮小となり活動が危ぶまれるという危機感が表明されていた。EUが財政難の中、世界のEUSI、EUIの補助金を縮小している結果であろう。
欧州危機が高まりEUの根幹が揺らぎ始めているまさにその時、EUの諸問題を共に考え議論する場は何とか維持し続けるべきではないだろうか。

そう考えて、2017年、EUSIの終了にあたり、あえて根源的な問いを立ててみた。
地域統合は生き延びるか?欧州は分断に向かうのか?何が問題か?どうすればよいのか?(5)
昨年のDictionary.comの2016年を象徴する言葉はXenophobia(外国人嫌い)であった。
なぜ今EUは危機に瀕しているのか?なぜ福祉国家でゼノフォビア(外国人嫌い)と自国中心主義が広がっているのか。地域統合は、果たして生き延びられるか?

1.なぜ今EUは危機に瀕しているのか。

直接の契機はグローバル化の進展と移民の増大、100万人を超える難民の流入である。しかしEUの頭打ちとゼノフォビアの増大、アメリカのトランプ大統領の誕生の背景に、より長期的で根源的な問題、何百年に一度のパワーシフト、欧州アメリカの衰退と新興国追い上げに対する欧米市民の畏怖がある。

A.F.K.Organskiはすでに1958年の著書World Politicsでパワートランジション理論を打ち出している(6)。オーガンスキはモデルスキModerskiのSea Powerの理論を使い、欧州各国が植民地獲得と戦争によってヘゲモニーを拡大していき世界支配に至ったこと、欧州のSea Powerは20世紀の権力転換を経て衰退し、第2次世界大戦後、世界的Powerはアメリカとソ連に取って代わられたことを提示し、権力は戦争を通じて転換することを示した。戦争が、転換の契機となる。

これに対しAlvin TofflerはPower Shiftの著書(1991)で、そうした軍事力がPowerの勝敗を決する時代は終わり、グローバル化時代においては経済力、21世紀はIT・知力がパワーの源泉となると論じた(7)。これは冷戦の終焉と情報・グローバル化時代を予測し、リーマンショックとユーロ危機以降、中国・ASEANの台頭と相まって米欧からアジアの時代と広く論じられた。またAngus Maddisonのメガコンピュータによる西暦0年から2030年までの世界各国のGDP統計分析の結果(8)も、アジアの時代を裏付けることとなった。しかし2010年以降安全保障と軍事化が強化されるに伴い、再びOrganskiの戦争によるパワー転換が議論の俎上に上っている。戦争が、転換の引き金にならないことを願うばかりだ。

学問を含む軍事化の波は、日本の学術研究にも及んできている。防衛省は2017年110億円の研究費を安全保障研究支援とし、日本学術会議は、戦争を目的とした研究は行わないという1950年、67年の声明に対し、2016年よりこれをどうするか、防衛省の資金は妥当かについて検討を始めた(9)。現状では声明を踏襲し防衛省の研究資金は妥当ではないだろうという意見が多数であるが最終決着はこれからである(10)
このような中でこそ、規範の帝国EUは生き延びられるのか、地域統合は存続できるのかを、考え続けていく場が必要である。

2.移民難民の流入と福祉・ゼノフォビア(外国人嫌い)

欧州の福祉国家で、ゼノフォビア、福祉ナショナリズム、福祉ショーヴィニズム(排外主義)が広がっている。発端は移民難民の流入と、福祉削減への警戒である。
Crepazの著書、Trust beyond Borders-Immigration, Welfare State, and Identity in Modern Societies (2008) は、大量のデータを使い、特に欧州の福祉国家において、グローバル化の中「国境を超えた信頼」が崩れ、外国人嫌いがとりわけ欧州の福祉国家で増大している事実をあぶりだしている(11)

なぜ今、福祉国家でゼノフォビアなのか。
福祉国家では限られた財源で福祉の質を争う。ゆえにGDPが下がり、国外からの人口が増えれば必然的に財源が縮小し福祉のパイが減少する。「小さな政府」が求められるゆえんである。だからこそ福祉国家において異質者へのゼノフォビアやレイシズムがより強く表れるのである。Crepazはそれを欧州各国、アメリカ、オーストラリアの比較による世論調査や数多くのデータによって明らかにしている(12)

福祉国家においてゼノフォビアや排外主義が強まるという逆説的な状況はまさに近年の移民・難民の流入においても同様であり、これがイギリスのEU離脱、単一市場からの離脱、さらに元来移民による国家であったアメリカにまでゼノフォビアを促進させている。

興味深いのは、グローバリゼーションのもとで衰退していく先進福祉国家がBritain First, Great Britain, Strong Britainというナショナリズムを鼓舞することにより、経済的にはより自国を利するであろう5億人市場から離脱して、閉じられた単一国家の保護主義に移行するという、長期的・合理的・論理的には矛盾した選択をしていることである。これはアメリカにも通じる。

直接の契機としての移民・難民への恐怖は、今や周辺新興国に挑戦を受けトップの座からの撤退が予測されるパワーシフトの恐怖でもある。福祉国家は排外的になることによりその資金源の拡大を絶たれ、さらに余命を短くするのではないだろうか。

3.地域統合は生き延びるか?

現状ではナショナリズムとゼノフォビアの興隆により、地域統合によるグローバルパワー、規範の帝国というEUの理念は力を失いつつあるかのように見える。果たして本質的にもそうだろうか。一つは和解による共同の問題である。第2次世界大戦後形成された欧州共同体は、欧州の地で戦争を2度と行わないためにエネルギーの共同体と敵との和解を実現し西側の規範力を支えた。

しかし統合にはもうひとつの目的もあった。2度の世界大戦で疲弊した欧州を復興させアメリカに並ぶ世界的パワーとして残るためにも、独仏伊ベネルクス6か国からイギリスなどEFTA諸国や南欧の民主化した国家を入れ、さらに冷戦終焉後は旧東欧諸国へと大きく拡大して28か国5億人市場になることにより、一国ではもはや大国といえない欧州がアメリカをしのぐ経済圏としてグローバルパワーとなった(13)。同様の試みはすでに19世紀半ばにも民族主義の成長に揺れ危機に陥ったハプスブルク帝国が、「ドナウ連邦構想」や「大オーストリア合衆国」などEC/EU統合を彷彿とさせる連邦枠組みの再編によって帝国の領域的、民族的再編を図ったケースがある(14)。地域統合が生き延びなければ、欧州はかつて歴史的に大国であった小国の集まりとなる。戦間期の歴史的教訓では小国分裂と隣国との対立は独裁国家を生みやすく戦争への領土拡大の道を選択しやすい(15)

しかしグローバリゼーションと周辺国の挑戦の中で連邦制あるいは地域統合は、危機に瀕しているかに見える。松尾秀哉ほか編『連邦制の逆説?―効果的な統治制度か』では、欧州・アジア各国の多民族共存地域における連邦政体の有効性と問題点を様々な角度から分析している(16)が、連邦制の優位はソ連、ユーゴスラヴィア、チェコスロヴァキアなどの解体によって逆説的となり、地域統合の優位は、ユーロ危機の継続、トランプのTPP離脱宣言、米国の米欧FTAやNAFTAからの撤退によっても揺らぎ始めている。

4.欧州右派の成長―EUの周辺地域にて

今一つは、冷戦終焉後EU拡大によりEUに加盟した旧中欧東欧の人々の「ヨーロッパ回帰」への期待が極めて大きかったからこそ、結果的に統合拡大による負の遺産がここに来て幻滅と離反を引き起こし、新加盟国がそれを「裏切り」と捉えEUを批判している事実である。ユーロ危機以降のギリシャの反乱やGIPSなど主に南欧の国々のEUへの幻滅と合わせ、中東欧の国々の幻滅はいずれも国内での右派の成長を促した。

ボーレとグレシュコヴィッチの著書『欧州周辺資本主義の多様性―東欧革命後の軌跡』(2017.1)は、ポスト社会主義国の資本主義の成功、脆弱性、多様性の3点から、分析し、新自由主義型バルト諸国、ヴィシェグラード諸国の「埋め込まれた新自由主義」、スロヴェニアのネオコーポラティズム型にわけて分析し、合わせて近年の経済ナショナリズムが政治的右派を生みだしていることを指摘している(17)

しかしこうした中で、地域からなるマルチレベル・ガバナンスが今ほど再考されるべき時もないように思われる。経済ナショナリズム、福祉ナショナリズムが出る背景としての地域の格差と貧困を解決し多様性の中で地域政策を再編していくには、国家を超えた地域連携Interregに象徴されるような、EU、ナショナル、リージョナル、ローカルのマルチレベル・ガバナンスが、欧州統合を、地域を基礎にして発展する契機となることが重要である。八木紀一郎ほか編著『欧州統合と社会経済イノベーション―地域を基礎にした政策の進化』日本経済評論社(2017.1)は、そうしたローカルな地域からの重層的欧州統合を地域政策の観点から論じている(18)

BREXITに関する独立党ファラージやメイ首相、またアメリカ・トランプ大統領らの勇ましいナショナリズムの言葉だけが踊っているとき、私たちはともすれば国民の多数が支持したのだからと考えがちである。

しかし民主主義としては、一方では支持した半数の人々の原因に思いを致し地方と高齢者・失業者の生活不安と過去の偉大な時代への郷愁を配慮し政策化すべきであるが、あわせて他方で、残り半分を占めた若者たち、知識人や経済界や司法当局の多くがこうした福祉ナショナリズムや政治の独走と多様性の排除に逆の恐れを抱き、没落する中産層の多数派に良識で対応しようとしていることも忘れてはならない。特に若者たちは高齢者の福祉ナショナリズムが短期的なものであり自分たちが高齢者になるころにはそれでは済まないことを知っている。

近年欧州も日本も小選挙区制への改革が進行し、得票率の3割を取れば政権の過半数を得て圧勝する状況に至っているとき、すでに25%を超えた右派勢力が政権に手が届く可能性は極めて高い。それを認識しつつ、少数派知識人の私たちとしてできることは欧州が歴史の中で学び育んできた多様性や表現の自由、学問の自由、三権分立や地方の独自性など「EUの規範」を実行することが結局は衰退しつつある中産層にとっても長期的には安定をもたらす基礎となること、その政策化を粘り強く検討し続けていくことであろう。

戦争によるパワー転換の危険性をも察知しつつ、考え討議し分析し続け、地域からのローカルで重層的な地域統合のマルチレベルガバナンスの意義と役割を検討し発展させること、グローバル化の下での多様性、多民族社会、多文化社会という「多様性の中の統合」の重要性を政策転換し続けることこそ長期的には福祉国家を生き延びさせ自国を発展させる基礎となることを、EU研究者として証明していきたい。他者排斥のナショナリズムは短期的には成功しても長期的にはその国と国民を蝕んでいくこと、周辺国との共同こそ自国再生と発展の基礎となることを、経済の頭打ち状態にある先進国日本の一員としても、警鐘を鳴らし続けていきたいと考える。

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[1] 1月27日以降の朝日、日経、読売新聞など。1月31日TV朝日にてトランプ大統領令と司法市民の動き、EUメルケルやオランドの対応について解説(羽場)。

[2] 大統領令が出された1月27日以降2月初め現在、筆者が副会長を務めている世界国際関係学会ISA理事会や各種委員会執行委員会で、学会・委員会発信の「学問の自由」を巡る声明と、シリア等7か国の学者支援・入国支援に向けて、数百を超えるメールが飛び交っている。

[3] European Councilがロシアと欧州右派との関係について報道。European Council on Foreign Relations, 19th October, 2016, http://www.ecfr.eu/article/commentary_putins_friends_in_europe7153を初め、The Guardian, 8 December 2014, Observer, 27 October 2016, Economist, February 14th, 2014, Telegraph, 16 January, 2016等がロシアと欧州右翼との関係、右派への資金流入を伝えている。

[4] 羽場久美子「ロシア、プーチンに接近する欧州の極右勢力」世界経済予測2017、『エコノミスト』、2017.1.10.合わせてBREXIT以降のイギリスとEUはともに中国に接近する可能性があるという記事について、羽場久美子「中国の対欧州戦略―英国の離脱で強まるEUとの関係、AIIB&「一帯一路」構想に邁進」『エコノミスト』、2016.9.13.
European Council on Foreign Relationsは、ロシアと欧州右派の関係がウクライナ危機以降であり、クリミアの選挙監視団にOSCEが参加しなかった際、欧州の右派、FN、Jobbik, 北部同盟等が選挙監視団として参加して以降、ロシアにとっての国際的正当化として使われていると記されている。http://www.ecfr.eu/article/commentary_putins_friends_in_europe7153

[5] この間の筆者の問題関心の軌跡は、羽場久美子『ヨーロッパの分断と統合―拡大EUのナショナリズムと境界線―包摂か排除か』中央公論新社、2016年。

[6] A.F.K Organski, World Politics, New York, 1958.

[7] Alvin Toffler, Power Shift: Knowledge, Wealth, and Violence at the Edge of the 21st Century, Bantam, 1991.

[8] Angus Maddison, Contours of the World Economy 1-2030 AD; Essays in Macro-Economic History, Oxford University Press, December 2007.

[9] 防衛省は安全保障に関する研究費支援にこの2年間3億、6億を拠出、2017年度は110億を資金拠出することとなった。これに対し日本学術会議もこの間、安全保障と学術に関する委員会を立ち上げ、戦争を目的とする研究に関与しないという1950年67年の声明を見直すかどうか、防衛省の資金を研究日として受け入れることを是とするかどうかについて議論を継続している。日本学術会議、安全保障と学術に関する検討委員会。第23期第8回、平成29年1月16日。http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/pdf23/anzenhosyo-youshi2308.pdf

[10] 日本学術会議、安全保障と学術に関する検討委員会。諸資料、議事録。http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/anzenhosyo.html

[11] Markus M. L. Crepaz, Trust beyond Borders, Immigration, the Welfare State and Identity in Modern Societies, The University of Michigan Press, 2008-11.

[12] Ibid.

[13] 『EU(欧州連合)を知るための63章』明石書店、2013年、5刷。羽場久美子『拡大ヨーロッパの挑戦―グローバルパワーとしての拡大EU』中公新書、2014年。重版。

[14] 羽場久美子『統合ヨーロッパの民族問題』講談社現代新書、1994-2004.松尾秀哉ほか編『連邦制の逆説?―効果的な統治制度か』ナカニシヤ出版、2016.10。

[15] A.ポロンスキ著、羽場久美子監修『小独裁者たち―両大戦間期の東欧における民主主義体制の崩壊』法政大学出版局、1993年。

[16] 前著『連邦制の逆説』。

[17] ボーレ+グレシュコヴィッチ、堀林巧ほか訳『欧州周辺資本主義の多様性―東欧革命後の軌跡』(いずれもナカニシヤ出版)2017.1。

[18] 八木紀一郎ほか編著『欧州統合と社会経済イノベーション―地域を基礎にした政策の進化』日本経済評論社2017.1。