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巻頭エッセイ

Commentary Vol. 091 (2017年3月15日)「リスボン条約発効後のEUと第三国のFTAに見るEUの価値」 中西優美子 (一橋大学大学院法学研究科教授、EUSI所長)

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2011年3月11日の東日本大震災から6年が経過した。この震災を受けて、EUが日本に対しできることとして開始したのが、日本が求める貿易協定(FTA/EPA)の交渉にあたってのスコーピング作業であった。スコーピング作業後、2013年4月に正式に交渉が開始され、2017年3月現在、4年にわたる交渉が続いており、2016年9月に日本とEU間の17回目の交渉がブリュッセルで行われた。また、EUからの要請でFTA/EPA交渉と並行して、拘束力を有する政治的協定、戦略的パートナーシップ協定(SPA)の交渉が行われている。

2009年12月1日にリスボン条約が発効した。同条約により、EU条約2条において「人間の尊厳、自由、民主主義、平等、法治国家、人権の尊重」というEUの価値が初めて明示的に規定された。また、EU条約21条において「民主主義、法治国家、人権及び基本的自由、人間の尊厳の尊重、平等原則、連帯、国連憲章及び国際法の原則の尊重」などのEUが対外関係において適用すべき政治的な諸原則が規定された。EUは、リスボン条約発効後、EUの価値及び政治的諸原則の浸透を第三国との関係において心がけてきた。日本とのFTA/EPA及びSPA交渉においてもしかりである。

そのような中でEUは、カナダと交渉し、包括的経済貿易協定(CETA)を締結した。また、EUとカナダは政治的協定として戦略的協定も締結した。これまでもEUは発展途上国や経済的技術的援助を行う第三国に対してはコンディショナリティとして協定の中に本質的要素として人権の尊重、民主主義、法の支配等を挿入し、その遵守を援助の条件としてきた。しかし、EU条約21条を踏まえ、今回初めてEUは先進国に対しても本質的要素規定を含む政治的協定を締結した。ドイツではNGOや消費者団体等がCETAの締結がドイツの基本法(憲法)に違反しているとして、ドイツ連邦憲法裁判所に憲法異議を起こした(筆者は、口頭弁論を傍聴した)。同裁判所は、2016年10月13日にCETAの暫定的適用にあたってCETAの締結につき、その仮命令を下した。そこでは、CETAをドイツが締結しない場合とする場合の利益衡量がなされた。その際に、同裁判所は、CETAの締結がEU法秩序に根をもつ価値の国際的な実効性を強化するために、グローバルな貿易関係の形成に基準構築的な影響力を発揮しようとする、EUと構成国の政治的かつ精力的に取り組みにかかわるとした。すなわち、CETAの失敗がEUの基準・価値設定能力を低下させることの危惧を示した(詳細は、拙稿「ドイツ連邦憲法裁判所のEUとカナダの自由貿易協定(CETA)の締結に関する仮命令」『自治研究』2017年93巻2号)。結果として、CETAの暫定適用を認める判決を下した。このことからEUが対外関係においてEUの価値を世界において浸透させようとしているだけではなく、EUの構成国がそれを支援する構図が見て取れる。

EU運営条約は、元はEEC条約(ローマ条約)にさかのぼることができる。つまり、EEC条約が何度も改正されて、EU運営条約になっている(名称も変更されてきた)。ローマ条約は、今から60年前の1957年3月25日にイタリアのローマで締結された。当時のEECは、共同市場の設立を目標とする、経済統合を中心としたものであったため、人権の尊重及び民主主義等は共通の価値としてまだ認識されていなかった。60年の間にEECからECになり、さらにEUへと発展した。

経済統合から環境、社会、人権等を含む、幅広い分野に活動領域と目的を広げてきた。また、前述したようにEU独自の価値が明示的に規定されるまで発展を遂げた。リスボン条約発効以降、EUが締結した第三国とのCETAをはじめとしたFTAには、環境、経済及び社会(人権)という文脈で語られる幅広い概念である持続可能性の発展の章が含まれており、動物福祉という高次の倫理概念も導入されている(Cf. Yumiko Nakanishi, “Animal Welfare in the European Union’s External Relations Law”, in Jeremiah Weaver (ed.), Animal Welfare, Nova Science Publishers, 2016)。日本がカナダ、アメリカ、シンガポール、メキシコなどと締結した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)も投資保護、労働者保護、中小企業への考慮などが含まれ、21世紀型のFTAと位置づけられるものの、持続可能性の発展の概念は環境の文脈でのみ用いられている。

最後に-EUSIの活動の終了にあたって-
EUSIは一橋大学、慶應大学、津田塾大学のコンソーシウムとして、8年間にわたり、日本におけるEU研究に寄与してきた。私個人としては、2012年4月からの5年間、3年間は執行委員として、また、その後の2年間はEUSI所長として、EUSIの活動にかかわってきた。不慣れなことも多く、大変なこともあったが、よい経験になったと考える。シンポジウム等を開催したが、あらためて、EUを第三国の見地から研究することは意義があると感じた。EUSI活動を通じて蒔かれた種を今後も育てていきたいと考える。

また、EUは、確かにユーロ危機を経験し、難民危機に対峙し、さらにBrexitがもたらす変動にも対応せざるをえない状況にある。しかし、ローマ条約60年の積み重ね(acquis)並びにEU条約及びEU運営条約に組み込まれた巧みなシステムがそれらを乗り越えることを可能にするのではないかと考え、引き続き、その発展を第三国の立場から注視していきたい。