アウトリーチ Outreach

レポート

【EUに関する新刊】丸山英樹『トランスナショナル移民のノンフォーマル教育 女性トルコ移民による内発的な社会参画』(明石書店、2016年12月23日刊行)

maruyama-2016丸山英樹『トランスナショナル移民のノンフォーマル教育 女性トルコ移民による内発的な社会参画』
(明石書店、2016年12月23日刊行)

http://www.akashi.co.jp/book/b276633.html

本書の著者である丸山英樹先生より、本書のご紹介を頂きました。

—————
本書は、欧州の教育界で生涯学習と呼ばれる研究領域における蓄積となるものである。欧州在住のイスラーム教徒(ムスリム)移民の女性たちの中でもトルコ出身者に注目し、彼女らが社会活動を自ら行うことで学習機会と居場所を見出す事例研究が主な内容となっている。

欧州社会に居住する多くのムスリム移民は、かつて労働の問題に過ぎなかったが、家族が呼び寄せられた1970年代から福祉の課題が含まれるようになり、2000年前後には爆破事件などにより安全保障の課題としても扱われるようになった。彼ら移民の欧州社会への統合が必要とされてしばらく経つが、そのための重要な役割を担うのは教育とされる。子どもの頃から欧州社会の振る舞いや価値観を身につければ、移民たちも欧州の市民となると想定された。しかしながら、学習・教育とは学童期だけで完結するものではなく、またその成果は人間形成として多岐にわたる。

本書では、トルコ研究を続けてきた著者が、トルコ移民の中でも欧州社会への統合から最も遠いといえる女性移民を対象に、彼女たちが自ら社会参画する様態を記述している。夫が職場で、子どもが学校で、受入社会との何らかの接続を持つのに対して、彼女たちの中にはトルコの地方から婚姻のために欧州の都市部に来た者が多く、受入社会のネイティブ市民と交流しないなど接点を持たない場合、公的な教育機関や行政はアプローチできない。同時に、彼女たちは、これまで経験したことのない欧州社会の価値体系や都市での生活に戸惑い、従来通りの出身地の人間関係や生活様式を選び、親族や近隣のトルコ人同士の交流やトルコの衛星番組から情報を得て、「不自由のない」生活を送る。受入社会の「現代風」女性からは自立を促されても、そこに価値を見出さない。

近年の暴力的行為によって受入社会においてイスラーム嫌悪が高まり、また日常的な差別が移民たちを追い込んでいく。男性移民たちは、その反動でイスラームにアイデンティティを見出し、自らの加齢も加わり、宗教的に保守化する。そして、親族の女性たちにはイスラーム実践を求める。女性ムスリム移民は、外の社会ではイスラーム嫌悪、移民コミュニティでは出身地の伝統、家庭内では役割期待という三つの圧力に直面する。受入社会の言語も不得手であることから、女性移民たちは自らも「弱者」と認識することが多い。

だが、本書が主な事例として示すベルリンの社会福祉事業「地域の母(ドイツ語 Stadtteilmutter、トルコ語Ornek Anne)」では、彼女たちは自分の言語や文化が弱点ではなく、強味であることに目覚め、自らの過去を投影しながら新参の女性移民やシングルマザーなどの「弱者」に応じたことがわかる。このプロセスは生涯学習である上に、欧州で公的機関が学習権として保障する以上のものが含まれるため、本書ではそれを「ノンフォーマル教育」概念を用いて整理している。

この福祉事業においては、行政は支援に徹しており、委託されたNGOは政治利用にも批判的でありながら、政治家やメディアと良い関係性を構築した。成人教育機関やジョブセンターとも連携し、「地域の母」となった後の女性移民たちは、経済的に自立するなど多様な学習成果を見せている。なお、本書は移民の受入社会への統合は、多数派と少数派の両者の協働による社会の再構築として研究を展開させているが、主に扱われたのは移民側の変容であり、受入社会の多数派であるネイティブの者たちの変容に関しては今後の研究課題としている。

丸山英樹 (上智大学グローバル教育センター准教授)